多動力、秒で行動、とにかくトライ。どの自己啓発本にもビジネス書にも書いてあります。本当に面白いくらいどの本にも・・。行動に移した人には神様が「おっ、〇〇は行動に移したな、どれどれ注目してみるか」となる。何も行動しない人は神様も気づかないし、手を差し伸べようがない。また、「行動に移す」というのにも程度だある。目標や夢の為に第一歩、ラインを越えてみたのか、上半身だけ前のめりになりちょっと覗いてみました、だけなのか。婚活で例えると、結婚したいと願っている人がいるとする。まずは、行動1つ目は婚活サイトに登録するなり、周囲に素敵な人がいたら紹介してください、と話してみることだ。でもこれでは行動に移したことにならない。実際にお見合いなり会ってみて初めて「行動した」になる。私のイメージとしては「トライアンドエラー」と繰り返して初めて「行動した」になるので、婚活においては色んな方にお会いして初めて「行動した」になる。

 

「トライアンドエラー」せず、結構婚活してすぐにお相手をみつけ結婚した人も多いですがといつまでも結婚できない人の差はなんですか?

比較的早く、結婚出来た方は「最低条件に触れていなければどんどんお見合いします」「〇〇島のお嫁さんになるのが夢なので〇〇島の方全員とお見いします」「実家が病院で継いでくださる方を探しております。医師の方なら容姿は気にしませんお見合いします、そして私でも良いと言ってくださる方がいれば結婚します」というスタンスの方ではないだろうか。

潔い。私は婚活し始めの頃にこういったエピソードを聞いて、この時代に妥協してまで結婚するものなの?好きでもない人と結婚できるの?と思った。今でも私は「この人がいい」と思った方と結婚したいと思っているが、この潔い方々はこの門戸を大きく開けたことで、最低条件に触れていない方々の中に「自分の思ういい人」を見つけ出し、〇〇島の住人の中に「素敵な人」を見つけ出し、実家を継いでくださる方で自分でも良いと言ってくださる方には「ありがたくプロポーズをお受け致します」という流れな気がする。「条件」ではなく、「絶対条件」があるひと。絶対条件がある人はかえって他の地位財は気にしないというスタンスだから結婚を早く掴んだのではないだろうか。

 

私、条件なんてほとんどありません、なのに結婚まで結びつきません。

条件があまりないのに、お見合いしても交際しても結婚につながらないのは1,「自分」というものがなさすぎて男性に魅力的に映らない? 2,「ピントきません」「どうしても気持ちが乗ってこない」でお相手を振っている人であれば条件がないようで条件がある人。食べ方が汚いとか貯金額があまりに低いのに気持ちが冷めてしまった。など大きな条件ではないがなんとなく心地悪く感じるポイントがあった、だから「なんか違う」と終了になってしまう。前者については私は男性のエキスパートではないのでわからない。後者であれば私は全然構わないと思う。門戸を大きく広げた上で自分にピント来る人を探す。「この人を失いたくない」「この人だ」という人に出会えたらその人が一文無になろうとも、病気になろうとも「私が支える!この人のために私が頑張る!」と思える。むしろ、条件はあまり設けていませんといえる女性だなんてすごいと思う。経済面、精神面でそれなりに自立しているからこそ言えるセリフな気がする。そんな女性ならどんどん自身をもって「私をgetできたらラッキーよ」くらいのスタンスでも良いのかもしれない。そんな女性を振る男性がいたら心のなかでは寂しさと悲しさと苦しさのトルネードが来ても「It’s your loss.」と首を横に振って言ってもいいのかもしれません。

 

私、条件をいくつか設定していますが、どれも見当違いな条件を設定しているわけではないのに結婚に結びつきません。

条件の設定間違いをしていないだろうか。つまり一番最初の「自分は人間がどういうか」「自分軸」がはっきりしていないが故心の奥の奥で自分が求めている人、自分に合った人、のふるいのかけ方も間違っていて、ふるいにかけた一見選ばれしものなのにその中に「自分に合った人」と見つけられない。

株と一緒だ。自分に合った株や株の買い方をちゃんと知らずに、その会社のこともちゃんと知らずに、なんとなくスクリーナーを設定し、ヒットした株の中から選んで買っていく。もちろんヒットした株の中にもいい株はあるだろうし、自分が欲しいものじゃない株もある。その中に私の欲しかった株があるはずと一生懸命になる。そもそもスクリーナーのかけ方が違っているから「本当のあなたに合った人」はその中にいないのに。なんかちょっと違うけど条件は満たしているしこの人に違いないと自分に言い聞かせている人はこういう状況なのではないだろうか。そして数撃ちゃ当たるとたくさんお見合いしているのにあれ?あれ?とお見合い数だけ増えていく。でもこんなのみんな通る道ではないだろうか。これこそトライアンドエラー。自分の中でこの方法でやってみようと思いトライ。でも結果がついてこないからちょっと方法を変えてみたり、振り返ってみたり、立ち止まってみたり。こうして自分に合う人がどんな人なのか分かっていく。

 

私の失敗談ですが、

①以前はお子様がすでにいる方、持病のある方はお見合いをお断りしておりました。しかし、結婚相談所の方が「この方お子さん2人いるし、糖尿病もあるんだけどすごくいい人なの、お見合いだけでもしてみない?」と言われとりあえず話してみることにしました。お見合いしてすぐ「この人なんか違う!」お見合いが終わった後は相談所の方にすぐに「この方と仮交際したいです」とメールしていた自分がいます。 地位財の条件なんて案外適当だったりするものです。

②私の性格は、のめり込みやすい、頑張りすぎる、冒険心が強い、知識欲が強いという面があります。なので穏やかな方だったり足るを知る精神のある方の方がバランスが取れて良いのかなと思っておりました。二人ほど、そういったマインドの方とお付き合いしたのですが全然心地よくなく、むしろイライラが募るばかり。自分が望んだキャラクターの人と上手く行かなかった時の心境は「私が高望みなのか?」「自分が望んだ人なのに、そんな人にnegativeな感情になるなんて自分が悪いのではないか」と思ったり。でもこの失敗から分かったのは「穏やかな人」や「優しい人」という表現はあまりに曖昧だということ。「穏やかな人」にも色んな経験を経て余裕があるからの穏やかさなのか、あまり周りの変化や行動に無頓着だから穏やかなのか、大丈夫だよ色々やってみたらいいじゃん僕も応援するよと包容力のある穏やかさなのか、たくさんあると思うが、そのへんまでちゃんと分かっていなかった。 非地位財もどういう人が自分に合っているのか分からずに条件設定していると相手も自分も傷つけかねない。

 

 

反面、「今の幸せが続いてほしいと心底願う」と話す友達が3人ほどいる。

夢を語る私に対し、「私は仕事もなんでもいいかな、家族の足しになるのであれば」「私も現状、仕事も家族のこともこのままでいい、今のこの幸せが続いてくれればいい」と話す。この3人に共通しているのは旦那さんが大好きだという事。なんだかんだ「旦那がいなくなったら私生きていけないわ〜」「旦那より先に死にたいわ〜」と。こういう話を聞くと素敵なパートナーを持つ世界ってきっと温かいんだろうな〜と思ってしまう。

そしてこの3人に共通しているもう一つの事が、若いときから「自分で考え行動し、自分を信じた、貫いた」ということ。結局ここなのかな、と思う。なんとなくや世間の流れがそうだから、ではなくしっかり行動していたから今、彼女たちは「今、幸せ〜」といえるのかなと思った。

 

神様は行動を起こした人にはチャンスをくれるが、行動を起こすか否かはやっぱり自分の意思。そこは神様の領域ではないのかもしれない。

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